第16回
地震予知へ一歩前進か

 今回は,編集長のご要望で,番外編として「ナノテク以外の興味深いニュース」をご紹介したいと思う。

 まず,新潟の地震で被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

 今回は地震研究の最前線の話題なのである。

 実は,日経ナノテクノロジーの連載と連動させて,自分のサイト(http://kaoru.to)で「竹内薫の科学コラム」とを始めたのだ が,2週間ほど前,そこにこんな記事を書いた。

「オレは地震学には無知なのだが,なにせ地震大国に住んでおるわけだし,いつ来てもおかしくはない関東大震災が事前に予知できれば,こ んなに嬉しいことはない。実際,何十万人の生死を分けるかもしれない。

 これまで,地震予知は不可能だ,というのが常識のようになっていたし,オレも,そうだと思っていたが,ここにきて,アッと驚く大逆転 がありそうな気配だ。

 S. Tanakaらが発表した論文では,なんと,月の潮汐力が地震の引き金になっているかもしれない,という新説が提示されているのだ。ただし,どんな場合で も潮の満ち干と連動して地震が起きるわけではなく,プレート・テクトニクスによる歪みの方向が潮汐力の方向と一致した場合にだけ起きるのだという。
 
 とはいえ,分析された100の観測例のうち,実際に潮汐が引き金になったのは13例だというので,はたして,これが高い的中率というべきかどうか,やは り,素人にはわからんな。

 この手法によって本当に地震予知が可能になるのならば,それなりの予算をつぎ込んで実用化してほしいものだが。

(原典:Earth Planets Space 56, 511(2004))」

 ちょっと筆が滑っている感じがあるが,ここのところ,地震発生のメカニズムの研究が飛躍的に進んでいることは間違いないだろう。プ レート・テクトニクス による歪みの方向が潮汐力の向きと一致した時,ちょうど,甘栗に爪を入れて,その線に垂直に指で力を加えると,栗の皮が割れるのと似ているだろうか。(こ の表現は,あくまでもイメージ的な比喩です。)

 さて,米科学誌「Science」の2004年10月21日付のオンライン版に「地球の潮汐は浅い逆断層型の地震の引き金になる可能性がある」(Earth Tides Can Trigger Shallow Thrust Fault Earthquakes)という論文が掲載され,新聞などでも話題になった。Science誌のオン ライン版は,特に速報性が必要とされる「目玉」論文が取り上げられ,本誌に掲載される前にオンラインで流されるものだ。

 この論文は,カリフォルニア大学のE. S. Cochran氏,J. E. Vidale氏と東北大学の田中 佐千子氏の共同執筆だが,(前掲コラムの)田中氏らによる日本の地震の研究を世界各地のデータ分析にまで拡げたものと言っていいだろう。(田中氏 は,現在,独立行政法人 防災科学研究所 日本学術振興会 特別研究員)

 逆断層は,辞書を引いてみると,衝上断層または突き上げ断層とも呼ぶようだが,ようするに,断層面が両側から押されて上にずり上がる タイプの断層だ。
 田中氏らは,Harvard Centroid Moment Tensor(CMT)カタログにある,世界中で起きた,深さ40kmより浅い,マグニチュード5.5以上の地震(2027事例)を分析した。その結果, 潮汐力が断層を滑らせるような方向に働いている時間帯に地震が多く発生していることを統計的に確かめた。つまり,潮汐力が「引き金」となって地震が起きる というのである。

 潮汐力は,重力的な効果であり,物体をひしゃげさせるように働く。たとえば,太陽や巨大惑星に接近しすぎた彗星は,潮汐力を受けて破 壊されてしまう。太 陽や月が地球におよぼす潮汐力は,その名のとおり,一日に2回,海の満ち干をもたらす。海だけではなく,地殻にも数十ヘクトパスカルから数百ヘクトパスカ ルの圧力がかかって,それにより地殻は変形する。(大気圧の十分の一程度)

 地殻自体にかかっている力と比べると潮汐力の大きさは千分の一程度にすぎないが,どうやら,その千分の一が「最後の引き金」となっ て,地震が起きるらしい。

 今回の論文は,新聞各紙を見ていると,原論文にあたっていない記事が多いような印象を受けた。防災科学技術研究所のプレスリリース
を元に記事が書かれたからだろう。そこで原論文を読んでみたのだが,正直言って,統計学的な細かい技術論が続き,ポイントを理解するのが非常に困難であっ た。

 しかし,それはある意味,これほどまでに念を入れて分析の詳細を書かないと「月が地震の引き金になっている」という仮説は科学者に受 け入れられないのだ とも言える。おかしな話だが,研究者のきわめて慎重な論文の書き方に触れて,あらために,今回の論文の重要性を実感した次第である。

(初出:日経ナノテクノロジー)


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