怪事件に挑む科学者
湯川幸四郎

 

 ここ数年、理系ミステリーと呼ばれるコードが注目されているが、そのトップランナーは森博嗣氏であり、エンターテインメントまで目を向ければ『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明氏の名を挙げることができるだろう。

ここで紹介する湯川薫氏は、昨年、作家デビューしたばかりの、新鋭にして期待の理系ミステリー作家である。

  氏は一九六〇年、東京生まれ。もともとは竹内薫名義で、科学書の執筆や翻訳を手がけていた。現在でも『知の創造』『科学の終焉』(以上徳間書店)、『アインシュタインとファインマンの理論を学ぶ本』(工学社)、『ペンローズのねじれた四次元』(講談社)など、十数冊の著作がある。また、大学講師として現在も教鞭を執られている。

  さて、シリーズ探偵たる湯川幸四郎は、第一作『ディオニシスの耳』(徳間書店)で、のっけから我が身を切られるような事件に遭遇する。幸四郎がかって在籍したマッギネス大学では、卒業時の一九八九年、学友が殺害されるという事件があった。それから十年後、過去の惨劇を知る仲間たちが、次々と殺されてしまう。旧友たちと事件を追う幸四郎がたどり着いた、おそるべき真相は・・・・という物語だが、せつないラストが胸を撃つ。

  この時、幸四郎は茗渓大学に非常勤講師として勤務、自然科学概論などを教えていた。年齢は三十代なかば、独身。半ばプータローのような境遇だ。曽祖父と祖父はどちらも高名な科学者で、なにかと二人の天才に比較されるためなのか、内面、外面ともに世捨て人のような雰囲気が漂う。

  幸四郎自身もきわめてすぐれた頭脳の持ち主なのだが、自分の長所も短所もわきまえており、非常勤講師の地位に甘んじている。本人も内心忸怩たるものはあるようだが、強く思い悩むというわけでもない。湯川ミステリーは随所に挿入される幸四郎の講義(個人的には二作目の暗号講義に感動)に象徴される、理知的な部分も魅力的だが、やはりキャラクターたちを推したい。

 ヒロイン役の十文字葵は幸四郎の教え子で、整った顔立ちと鳶色の髪が魅力的だ。国際A級ライセンスの持ち主だけにオートバイや車の運転に長けており、また乗馬も楽々こなす。性格も明るく頭もよくて、非の打ち所のない女の子だ。しかし、国際結婚した両親が離婚しており、現在は祖母と二人暮らしという境遇でもでもある。幸四郎とはデート(のようなもの)に出かける間柄だが、まだ仲のいい師弟の関係を出ていないようだ。

  第二作『虚数の眼』から登場する冷泉恭介は、肩まで届く長髪に、瓜実顔がマッチしたイイ男だ。幸四郎の講義に最後までついてこられるのも恭介だけ。明晰な頭脳ゆえ、関わった事件では幸四郎が舌を巻くほど鋭い指摘をすることもある。葵とは帰国子女同士ゆえか、自室に呼ぶほどに意気投合しているのだが不思議とまったく恋人同士のような関係には進展しない。

  幸四郎の知力を認め、なにかと協力を要請してくるのが警視庁科学捜査班の面々。班長の木田務、腹心の佐藤新平(のちに婿入りして九鬼と改名)、若い渡辺毅、紅一点の林美里たちらが名を連ねる。漢と花の世界だ。個人的には、幸四郎の著作を出してくれる欧文社の編集者、矢島旭と川崎哲也も忘れがたい。特に、『虚数の眼』でみせた男気は涙モノだった。

  ゲストキャラでは、第三作の車大吉がインパクト大だろう。

  これらの魅力的なキャラクターたちの関係が、各巻ごとに少ぉ〜しずつ進展するのが、たのしみでもありもどかしくもあるところ。

  キャラクターの他には、スリリングな謎解きシーンも注目したい。特に、『虚数の眼』のそれは、異常なる状況設定(読んで確かめてね)もあいまって、三作中でも抜きん出ている。理系という言葉に身構える必要はない、芳醇なキャラクタードラマを楽しむつもりで一読あれ。


松田孝宏氏(スタジオ・ハードMX)
ぶんか社刊「本格ミステリーは探偵で読め!」より



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